人食いバクテリアの感染者が過去最多…原因の「化膿レンサ球菌」について解説

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人食いバクテリアの正体化膿レンサ球菌とは

Illustration by storyset by Freepik

「人食いバクテリア」という感染症をご存知ですか?かなりインパクトの強い名前ですよね。

昨年(2023年)、人食いバクテリアの患者数が過去最多となったというニュースが報じられ、気になっているかたも多いと思います。

今回はこの人食いバクテリアの原因となる細菌についてご紹介します。

人食いバクテリアとは?

「人食いバクテリア」はニュースなどのメディアで呼ばれている名前であり、医学用語ではありません。

正式名称は「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」といいます。ちょっと長いので英語の「Streptococcal Toxic Shock Syndrome」の頭文字をとって「STSS」とも呼ばれます。名前に入っているとおり、「溶血性レンサ球菌」という細菌が原因となる感染症です。

STSSの初期の症状は、発熱や悪寒、手足の痛み、腫れなどです。しかし「劇症型=症状が非常に激しく重いこと」という名前のとおり、症状の進行が非常に早く、発症してからわずか数十時間以内に腎臓や肺などさまざまな臓器が深刻なダメージを受け、機能不全に陥ってしまいます。

また皮膚から菌が侵入した場合、そこから皮膚が黒ずみ壊死(腐ること)していきます。壊死した部分には溶血性レンサ球菌が生息しているため、救命のためには壊死した部分(手足など)の切断が必要になることもあります。ほかにも錯乱状態になったり、好戦的になったりするという報告もあります。

溶血性レンサ球菌は細菌のため、抗菌薬(細菌をやっつける薬)が効くのですが、とにかく短時間で急速に症状が進行してしまうため、懸命な治療を行っても死亡率がおよそ30%と非常に高くなっています。

2017年には、プロ野球西武ライオンズの森慎二コーチがSTSSにより42歳の若さで亡くなりました。森コーチが体調不良を訴えたのは亡くなるわずか3日前。まさに「人食いバクテリア」の名前のとおり、非常に恐ろしい感染症です。

増加する人食いバクテリア

患者数の増加

STSSの患者が初めて報告されたのは1987年。アメリカで手足の壊死を伴い、非常に症状が重く急激に進行する感染症が報告され、この原因が溶血性レンサ球菌であることが明らかになります。

その後はヨーロッパやアジアでも報告されており、日本では1992年に初めて報告されました。その後毎年およそ100〜200人の患者が報告されていましたが、2015年ごろから患者数の増加が続き、2019年には900人を超えました。

2020〜2022年はコロナ禍もあり患者数は減少しましたが、昨年(2023年)は941人と過去最多を記録。今年(2024年)は3月の時点ですでに500人を超えており、去年を上回るペースで患者数が増えています。

またSTSSは子どもから大人まで幅広い年代で発症しますが、特に30歳以上に多いのが特徴です。基礎疾患などがなくても突然発症することも少なくなく、最近は妊婦さんが発症したというケースも報告されています。

「コウノドリ」でも妊婦さんのSTSSが取り上げられていましたね。


ちなみにSTSSは新型コロナウイルスと同じ5類感染症に分類されており、医師はSTSSと診断した患者さん全員を届け出る必要があります。

「溶血性レンサ球菌」とは?

そんな恐ろしいSTSSですが、原因となる「溶血性レンサ球菌」とはどんな細菌なのでしょうか。

「病気の原因となる細菌を調べる」のは、われわれ臨床検査技師のお仕事です。

実は「溶血性レンサ球菌」というひとつの細菌がいるのではなく、溶血性レンサ球菌は細菌を分類するときのグループの名前です。

STSSの原因となっているのは、溶血性レンサ球菌の中でもおもに「化膿レンサ球菌」という細菌です。学名を「Streptococcus pyogenes(ストレプトコッカス・ピオジェネス)」といい、「ストレプトコッカス属」というグループに分類されています。

ストレプトコッカスを日本語で言うと「レンサ球菌」。レンサ球菌の「レンサ」は教科書や論文などではカタカナで表記されることが多いですが、漢字では「連鎖」と書きます。レンサ球菌を顕微鏡で見ると、丸い菌が鎖のように連なっていることからこの名前がつけられました。

ぷよぷよみたいなものですね。


レンサ球菌の分類

レンサ球菌属にはさまざまな細菌が分類されています。

虫歯の原因となるミュータンス菌(Streptococcus mutans)や、乳酸菌の一種でヨーグルトやチーズづくりに利用されるサーモフィルス菌(Streptococcus thermophiles)もレンサ球菌属なんですよ。

このようにレンサ球菌はたくさんの種類があるので、「レンサ球菌の中でもどんな細菌なのか」を分類するために、おもに「溶血性」と「ランスフィールド分類」という分類方法が使われています。

溶血性

血液寒天培地

レンサ球菌は、「溶血性(赤血球をどのくらい壊すか=溶血させるか)」によって、

  • β(ベータ)溶血性…完全溶血(赤血球をたくさん壊す)
  • α(アルファ)溶血性…不完全溶血(赤血球を少し壊す)
  • γ(ガンマ)溶血性…非溶血(赤血球を壊さない)

の大きく3つに分類されます。

レンサ球菌を「血液寒天培地」というヒツジの血液を混ぜた培地で培養すると、レンサ球菌が発育してコロニー(菌のかたまり)をつくります。

培養とは?

細菌による感染症を診断、治療するためには、「患者さんがどんな細菌に感染しているのか」を調べる必要があります。そこで細菌の感染が疑われる患者さんの痰や尿、便などを、「培地」という細菌の栄養を加えたものに塗って、細菌を育てて検出します。これを「培養」といいます。


血液寒天培地は血液が含まれているため赤色をしています。しかしβ溶血性レンサ球菌は赤血球をたくさん破壊するため、コロニーのまわりは赤血球が壊されることで透明になります。α溶血性レンサ球菌はβ溶血性ほどは赤血球を壊さないため、コロニーのまわりは少し赤血球が壊されて緑色になり、γ溶血性レンサ球菌は赤血球を壊さないためコロニーのまわりは赤色のままです。

このように培養したコロニーを確認することで、溶血性によるレンサ球菌の分類ができます。

化膿レンサ球菌はβ溶血性に分類されています。

ちなみにα溶血性で重要なのが肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae/ストレプトコッカス・ニューモニー)です。名前のとおり肺炎を引き起こす細菌で、日本における肺炎の原因菌として一番多いといわれています。γ溶血性のレンサ球菌でヒトの病気の原因となる細菌はほぼいないため、医学的にはあまり問題になっていません。

ランスフィールド分類

さらにβ溶血性レンサ球菌は、すごくざっくり言うと細菌の表面にある物質の違いによって、A群〜V群(I群とJ群は欠番)という20種類のグループに分けられます。この分類方法は、発見した細菌学者レベッカ・ランスフィールドの名前をとって「ランスフィールド分類」と呼ばれています。

化膿レンサ球菌はランスフィールドのA群に分類されます。そのため「A群溶血性レンサ球菌(Group A Streptococcus)」の頭文字をとってGASとも呼ばれています。

GASの呼びかたは「ガス」だったり「ギャス」だったりします。私はガス派。

ちなみにβ溶血性でランスフィールドB群に分類されているのが、Streptococcus agalactiae(ストレプトコッカス・アガラクティエ)です。「B群溶血性レンサ球菌(Group B Streptococcus)」の頭文字をとってGBSとも呼ばれています。

こちらは普通に「ジービーエス」と呼んでますね。

GBSはヒトの直腸や肛門、膣のまわりに住み着いている細菌です。からだの中にGBSがいても健康を害することはほとんどないのですが、妊婦さんがGBSをもっている場合、出産で赤ちゃんが産道を通る際にGBSに感染してしまうと重症の感染症を引き起こす危険があります。

そのためスワブという綿棒のようなもので膣や肛門のまわりをこすり、それを培養して妊婦さんがGBSを持っているかどうかを調べる検査を行います。妊婦さんがGBSを持っている場合は赤ちゃんへの感染を防ぐため、出産時に抗菌薬を点滴します。

人食いバクテリアは身近な菌だった?

のどの痛み

化膿レンサ球菌は「溶血性レンサ球菌」を略して「溶連菌」とも呼ばれています。溶血性があるレンサ球菌には先ほどお話ししたとおりβ溶血性やα溶血性、さらにランスフィールドのA群やB群などさまざまな種類がありますが、単に溶連菌という場合は化膿レンサ球菌のことを指すことが多いです。

溶連菌は小さなお子さんのいるかたなら一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

溶連菌による咽頭炎は子どもに多い感染症で、発熱やのどの痛みといった症状があらわれますが、くしゃみや鼻水、咳はほとんど出ないのが特徴です。いわゆる「のどの風邪」ですね。

溶連菌咽頭炎というと子どもの病気、というイメージですが、私はコロナ禍になるちょっと前に感染したことがあります…。39度超えの発熱とのどの激痛に苦しみました…。

つまり、実は溶連菌も人食いバクテリアも同じ細菌(=化膿レンサ球菌)なんです。

  • ストレプトコッカス・ピオジェネス
  • 化膿レンサ球菌
  • A群β溶血性レンサ球菌
  • GAS
  • 溶連菌
  • 人食いバクテリア

これほぼ全部同じ菌です。こんなに呼びかたがあるのでややこしいですね…。

人食いバクテリアは、新型コロナウイルスのような新たに発見された病原体ではなく、実は昔から知られているありふれた細菌だったのです。

しかし子どもののどの風邪の原因であった化膿レンサ球菌が、なぜこのような重症の感染症を引き起こすのか、その原因やメカニズムはまだわかっていません。

人食いバクテリアの予防法は?

手洗い

化膿レンサ球菌は「飛沫感染」と「接触感染」によって感染します。

飛沫感染とは、病原体に感染している人の咳やくしゃみ、会話のときの唾液などが飛び散り、それに含まれる病原体を吸い込むことで感染することです。

接触感染は、病原体に感染している人の皮膚や粘膜に触れたり、病原体がついたドアノブなどを触ったりした手で自分の目や鼻、口などを触ることで感染することです。

そのため月並みではありますが、手洗いやうがい、必要に応じてアルコール消毒やマスクの着用などといったよくある感染対策が重要です。

また人食いバクテリアは傷口から侵入することも多いため、傷口はアルコール消毒をして清潔に保つ、汚れた手で傷口を触らないなど、傷口からの侵入を防ぐことにも気をつけましょう。

人食いバクテリアというインパクトの強い名前や死亡率が高いという話を聞くと、とても恐ろしい病気だと心配になるかたも多いと思いますが、基本的な感染対策が大切ですね。

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